高橋 徹

ドイツ ベルリン

日常では壁があることはあまり意識しませんでした 壁際に行かなければ

-ところで、1980年からお住いのベルリンは、この29年間でどのように変わりましたか?
ベルリン 世界で唯一、郊外をもたない大都市・西べルリン。200万人近い人口の町の周りは東ドイツでした。他の西欧地域に出るには空路以外は3方向の高速道路と鉄路。不便ではありましたが、東京都と同じくらいの広さの西べルリンで、日常では壁があることはあまり意識しませんでした。壁際に行かなければ。

壁崩壊時は、本当にめでたかった故のお祭り騒ぎで、統一の喜びは旧東ドイツ・旧西ドイツの両大都市、東ベルリン・西べルリンが隣接したこの街でしっかりと感じました。
急な変化で戸惑いながら上手く波に乗れなくて大変だった例も多かったことでしょうが、その街に住んでいるとなかなか変化というものには気づきません。細かくあげれば、それはいろいろあるでしょうが。でも、西べルリン時代の方が街は綺麗だったかなーと思います。

ベルリン2 最近、もう一度壁を作った方がいい!という声を耳にすることがあります。壁崩壊前の西べルリンは豊かでしたが、統一とはいっても「西」が「東」を引き受けた形で財政は逼迫。一方、旧東ドイツの人からも、壁があった時の方がよかった!なんていう意見が出るようですが、それは「東」「西」どちらも、過去の良いところだけを見て現在への不満を言っているだけの現実逃避的意見だと思います。壁があって国が分断され、「東」では秘密警察が強権をひけらかしていた時代に、本当に戻りたい人は皆無でしょう。

いろいろな要素のバランスがとれていないと音には現れない

―音楽家以外にも、いろいろとご活躍されていらっしゃいますね。
音楽家としての腕だけ磨いても、結局はいろいろな要素のバランスがとれていないと音には現れないと確信し続けています。音楽以外のことでも機会があれば、と考えていると、現実にそういう機会に恵まれることになりまして。現在は、音楽8でその他が2という比率です。

―まず、声優のお仕事。
1作目は、夏目雅子さん主演の映画「瀬戸内少年野球団」(1984年公開)のドイツ語吹き替え版で、日本人の音大生が集められて宴会シーンの歌を歌いました。それがきっかけで、今は10を越えるエージェントに声優として登録されてしまっています。某ホラー映画のハリウッド版で石橋凌さんの声を演ったり、「KILL BILL(キル・ビル)」(2003年)では日本語吹き替え監督を務めたりしています。最新作は、2009年春公開の「ピンクパンサー2」(ドイツ語バージョン)で、日本の刑事役の声を担当しています。
ドイツでは映画館で上映される映画は吹き替え版が基本で、実はその技術は高いものが要求されるんですよ。

―そして、通訳のお仕事。
壁崩壊の少し前に、たまたま家の前の湖畔で知合った日本人が朝日新聞のベルリン支局長でした。そして間もなく壁崩壊があり、急な大事件でスタッフが居ないとのことでかり出され、東京からの写真班の通訳/コーディネーターを担当しました。その後、テレビ、雑誌などの仕事を経て技術通訳専門家との出会いがあり、ドイツ語の勉強し直して現在はいくつかの分野の技術通訳として活動してます。

―さらに、アンペルマンの日本向け広報担当のようなお仕事も?
アンペルマンは、旧東ドイツの歩行者用信号機で使われていた男の子がモチーフのマークです。東西ドイツ統一時にほぼすべてのスタンダードが「西」のものに変わっていく中、この信号機はアンペルマン社の活動により存続、それどころかべルリン州の正式信号になり、現在では旧西べルリン地区でもどんどんアンペルマンに交換されています。
そういう背景があることに加えて、もちろんデザインの秀逸さもあって、これほど可愛い信号機はありません。
アンペルマン製品を扱っているアンペルマン社には、雑誌「ブルータス」(マガジンハウス刊)の取材で訪れたのがお付き合いの始まりです。2006年のドイツ・ワールドカップの時は、私の愛車MINIをアンペルマン・ワールドカップバージョンのためにアンペルマン社に提供しました。MINIのボディに大きなアンペルマン・マークをペイントして走り、プロモーションに一役買いました。今ではアンペルマン社の社長ご夫妻と友人関係でもあるので、日本との橋渡しを買って出ています。

アンペルマン

他のジャンルでは当たり前のライヴのような形態をクラシックで。

―近況を教えて下さい。
3月1日は、べルリンにあるアンペルマン・レストランにEnsembleL’estorArmonicoBerlin(弦楽器のデュオ、トリオ、クインテット)が出演しコンサートを行いました。おかげさまで好評でしたし、演ってみて音響がとても良いことがわかり、春、夏には「ロッシーニの夕べ」、「イタリアン・ナイト」などの企画が実現することになっています。また、チェロとコントラバスのデュエットだけのコンサートも予定されています。 3/3~3/19は、ベルリン・ドイツ交響楽団のアジア・ツアーに参加します。香港から始まり、日本公演は、3/10・11に東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールです。

―今後チャレンジしてみたいことは?
まだイメージの段階なのですが、他のジャンルでは当たり前のライヴのような本番の形態をクラシックでやりたいと思い、その形を模索しています。 また、オーケストラや宗教音楽などの現在の活動の他に、コンサートホールのような舞台ではなく、サロン的なコンサートを小編成の室内楽で始めたいと思っています。

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